Panasonic Store

豪華な別荘とコーヒーの道具から
見えてくる男の心理とは?

古くからの友人である心理学者と、良い具合に枯れたバー飲んでいたときの話です。
彼は大学で心理学を専攻し、そのまま同じ大学の院に進んで学位を取得し、教授のポストを目指している内に結構な年になってしまった貧乏学者です。

彼と合うのは3年ぶりのことで、お互いの近況を報告しあったり、昔の思い出話をしたりしながら、楽しくグラスを重ねていました。気の置けない仲間との他愛のない時間ですから、話題は脈略もなくアチコチに飛び、いつしかアメリカのIT長者が、軽井沢に巨大な別荘を建築した、という話に及びました。彼の実家は軽井沢にあるのです。

何でもその別荘は敷地面積が軽く6000坪を超え、地上1階地下3階の、要塞なような建物なのだそうです。ここまで極端な建物でなくとも、あのエリアには最近こうした、とてつもなく大きな建物が増えているのだそうです。

「なあフェル。連中はどうしてああも馬鹿でかい建物を建てるのだと思う?」
少し酔った彼は、冷えたグラスを額に当てながら私に聞きました。
酒癖の悪い男ではありませんし、なにしろ商売が心理学者ですから、口調は至って穏やかです。
「そりゃ途方もなく儲かっているからだろう。何かで当てて有り余る資産が出来たら、豪邸を建てて高いクルマを買って高級時計を何本か買う。その次は別荘だ。お決まりのコースだろう」
「そうじゃなくてさ、どうして意味もなく巨大な家や別荘を建てるのか、ということだよ」
彼は家や別荘を見ると、それを建てた人間の性格や生い立ちが見えてくる、というのです。

「豪腕で鳴らすワンマン経営者の中には、実はうんと弱気で始終何かに怯えている人が少なくない。そういう人は、”何か“でそれを補おうとする。それが如実に現れるのが住居なんだ」。確かに一家4人で暮らすのに、千坪の家は過大というものでしょう。建物の維持管理にもカネがかかりそうだし……と、億万長者にはそのようなセコい考えは不要なのかも知れませんが……。

「強気の経営者。或いは俺が俺がと何かと前に出たがる勝気のマネージャー・こうした人達は、殆どが強い劣等感を持っているものなんだ」
「劣等感?成功した経営者に劣等感など有るのかね」
「あるさ。学歴だったり出自や生い立ちだったり。人には言えない劣等感を、誰もが内面に抱えている。それを立派な家で補おうとする」
「なるほどねぇ……」
さすがは心理学の研究者、洞察が深いと感心したものです。

家だけでなく、クルマや時計などの、「人の目に見えるモノ」への消費は、「顕示的消費:conspicuous consumption」と呼ばれます。そのモノ自体が持つ必要性や実用的な価値を評価して買うのではなく、そのモノを所有することにより、周囲から得られる羨望の眼差しを期待して行う消費行動です。どうだ、俺の住んでいる家は立派だろう。俺のクルマはすごいだろう、という訳です。

─ 男のこだわり。それは“自分の時間とコーヒー”に。

お互いに4杯ほどウィスキーを飲んだ後、我々はバーを出て、同じ通りの並びに立っている古い喫茶店に入りました。蝶ネクタイをしたマスターが、ネルで美味しいコーヒーを一杯一杯淹れてくれる、昔ながらの“コーヒー屋さん”です。
厳選されたコーヒー豆を丁寧に焙煎し、慎重に挽く。店の中には芳しいコーヒーの香りで満ち溢れています。この店に入っただけで、ほっと心が落ち着く感じがします。
我々はマスター自慢のブレンドを頼み、砂糖もクリームも入れずにそのままブラックで飲みました。上等なコーヒーには、日頃のストレスや一日の疲れを洗い流す不思議な魔力があります。我々は同じタイミングで「ほう」と息を吐き、カップを皿に置きました。

「顕示的消費の対極にあるものが、例えば家で使う食器やコーヒーの道具だ。これは完全に自己満足の世界。誰に見せるのでもなく、誰に自慢する訳でもない。自分が美味しいコーヒーを飲むためだけに、そのためだけに良い道具を揃える」
彼の言うとおり、家でコーヒーを入れる道具は、よほど来客の多い家でも無い限り、滅多なことでは人に見せません。

「フェルはどんな道具でコーヒーを淹れている?コーヒーメーカーで落とすとか、普通に紙フィルターを使うとか、いろいろ方法が有るだろう。まさかインスタントじゃあるまいな(笑)」

私は自宅では金属フィルターを使ってコーヒーを淹れています。マシンで落とすほど量は飲まないし、作り置きは味が落ちる。紙フィルターはコーヒー豆が持つ油分が抜けてしまうので、コーヒー本来のまろやかさやボディ感が消えてしまうからです。フランネルの布をフィルターとして使うネルドリップが、個人的にはベストな方法だと思うのですが、洗浄や保存方法などが面倒なので、個人ユースには些かムリがあります(実は以前利用していた時期も有るのですが、洗浄が不十分だったのか、変な臭いがするようになり止めてしまいました)。
維持管理のし易さと、味のバランスを鑑み、最大公約数で選んだのが金属フィルターという訳なのです。豆は専門店で少量ずつ、一番粗く挽いてもらって買い求めています。

大したストレスなど持ち合わせてはいないのですが、一日の終りを極上のコーヒーで仕上げるのが、私の最大に贅沢なひととき。コーヒーの金属フィルターにこだわるのは密かな私のだけのためのこだわりなのです。

外でプロフェッショナルが淹れたコーヒーはもちろん美味しいのですが、家でも可能な限り美味しいコーヒーを飲みたいものです。

文/フェルディナント・ヤマグチ
一般企業に勤めながら自動車評論、コラム執筆を行う覆面の人気コラムニスト。
『フェルディナント・ヤマグチの走りながら考える』を日経ビジネスオンラインで連載中。
『仕事がうまくいく7つの鉄則 マツダのクルマはな ぜ売れる?』(日経BP社)他、著書多数。